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史上6人目(第11・13・15代)の内閣総理大臣・桂太郎の若き日の凛々しい侍姿をTシャツにしました。


長州藩士であり、毛利家の庶流で重臣であった桂家の出身(大江広元や桂元澄などの子孫)。
戊辰戦争に参加し、明治維新後、横浜語学学校で学びドイツへ留学。
帰国後は山縣有朋の下で軍制を学んで陸軍次官、第3師団長、台湾総督を歴任した後、第3次伊藤内閣・第1次大隈内閣・第2次山縣内閣・第4次伊藤内閣で陸軍大臣をつとめます。
明治34年(1901年)、首相に就任。日英同盟を締結し、日露戦争で日本を勝利に導きました。
そこからは西園寺公望と交代で首相を務め、「桂園時代」と呼ばれます。在職日数2886日は歴代1位を誇ります(ただし連続して在職してはいないため、連続在職の記録は佐藤榮作に譲る形となっています)第2次桂内閣時には韓国併合も行いました。


桂太郎とは - コトバンク


桂太郎は「ニコポン宰相」と呼ばれたそうです。
命名者は「東京日日新聞」記者の小野賢一郎で、桂がニコニコ笑って肩をポンと叩き、政治家や財界人を手懐けるのに巧みだったため新聞にそう書いたと言われているそう。
背が低いわりに頭が大きく、腹がふくれた姿が七福神の大黒天に似ていたので、「大黒様」「巨頭公」などと呼ばれました。

Tシャツにしたのは若き日の侍姿、おそらく戊辰戦争に参加した20歳前後ではないでしょうか。
奥羽鎮撫副総督の参謀添役や第二大隊司令として奥羽各地を転戦し、敵情視察や偵察任務、連絡役など後方支援に従事したものの、東北諸藩を説得できないふがいなさに自殺まで考えたというこの頃の苦い経験が、後の「ニコポン宰相」桂太郎を支えたのかもしれません。





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尚、我が帝都Tシャツ店が販売委託している、デザインTシャツ通販【Tシャツトリニティ】のTシャツですが、街で普通に買う際よりは大きめだと思ったほうがよさそうです。

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