新門辰五郎 歴史人物Tシャツ078

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幕末の江戸町火消で俠客。
錺(かざり)職人の家に生まれ、浅草寺新門の衛士となったことから名とした。
有馬家の火消とけんかして入獄、1846年(弘化3)江戸大火に一時釈放されて消防に大活躍し赦免された。
俠名が高まると幕府の旗下に登用され、子分300人を率いて市中警備に当たった。
62年(文久2)一橋慶喜に従って上京し禁裏を警衛、68年慶喜が急に大坂城を退去するとき、置き忘れた家康以来の金扇の大馬印を決死で取りに戻り、軍艦の出航に遅れたので東海道を20余人と走り下った。(世界大百科事典 第2版より)
幕府の高級官僚だった勝海舟とも交流があったと言われ、その著書『氷川清話』の中でも触れられている。また、娘の芳は慶喜の妾となっている。
なお、慶喜とともに駿府に住み駿河国清水の侠客である清水次郎長とも知縁であったと伝えられる。明治になると東京(江戸)へ移る。
辞世の歌は、「思ひおく まぐろの刺身 鰒汁(ふぐとしる) ふっくりぼぼに どぶろくの味」。(Wikipediaより)

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